葛布に辿り着くまでの経緯


会社勤めをしていた20代後半、無性に何かを作りたくなり たまたま出会った手織りの布に惹かれ 当初は自分の服地を織りたくて 手織りを習い始めました
始めたばかりの頃は とにかく織るのが楽しく 出来栄えなど気にせず夢中で織っていました
そうこうしているうちに だんだんと 糸に拘るようになり
次第に いつも植物繊維の糸を手にするようになっていきました
それは、亜麻(リネン)とか黄麻(ジュート)といったものです
特にリネンの単糸(片撚り)に惹かれました

ある時、原毛からスピンドルで糸を紡ぐことを習いました
細かい繊維が集まって撚りがかかることで 強い一本の糸になること
ほんの少しの道具と手で 出来ること
心底驚きました
今思えば当たり前なのですが 当時の私は 既製の糸しか知らず 糸は糸としてすでにあるものとしてしか認識しておらず どのようにして糸が出来るのか?何から出来るのか?といった事など 想像もしていませんでした

ふと、もしかすると、毛糸だけでなく 植物の糸も手作業で出来るのではないか?と考え、手当たり次第に調べました
手作業による植物繊維の布が日本各地にあることを知り さらに衝撃を受けました
綿の栽培、紡績の機械化、大量生産に押され、一度は途絶えてしまったもの、消えて無くなりそうなもの、それらを残そうと尽力した方々が 各地にいらっしゃることも知りました
新しいことを知るたびに、まるで知らなかった世界にどんどんと引き込まれていきました

それらの植物の中で、北海道でも育つ、または自生しているもの、一人でも継続して取り組めるものを探しました
候補に上がったのは 亜麻、葛、エゾイラクサ、ツルウメモドキ でした

エゾイラクサは そもそも その植物を見つけることができませんでした
十数年後、その繊維の取り出し方を教えていただく機会に恵まれ、数年取り組んでみましたが、どうやっても綺麗な糸にならない
その時すでに葛布を織っていたこともあり、諦めてしまいました
ツルウメモドキも 少しだけ やってみましたが 近郊ではあまり生えておらず、しかも真冬に採取しなければならないというのがあまりにハードルが高く 継続するには至りませんでした

亜麻も数年 栽培して取り組みました
寒冷な気候に良く合う植物で 栽培は難しくはありませんでした
しかし 北海道に入ってきた技術はすでに工業化されたものであり、とてもではないが私ができるような規模のものではありませんでした
そこで手作業で繊維にするまでの工程についても聞いたり調べたりし 糸車での糸紡ぎも随分と練習しそれなりに細いものも紡げるようになったのですが とにかくその繊維の採取に関しては どうにも私にはできる気がしなく、文献も英語のものしか入手できず 私には解読不能 断念してしまいました

亜麻と並行して葛にも数年 取り組みました
キラキラと光る透明な繊維を取り出せた時には感激しましたが 何しろ縦に裂ける長い繊維 綺麗に洗えないし、いじればいじる程絡まってしまうしで 糸の繋ぎ方も使い方も、どうにも扱いが分からず 途方に暮れるばかりでした
しかし、なぜか葛だけは、諦めませんでした
取り出せた透明な繊維の美しさに魅せられたのかもしれませんし
糸を紡ぐのではなく「績む」という 未知の作業を知りたくて仕方がなかったのかもしれません
北海道にも自生している、というのも大きな魅力でしたし、
他の植物繊維とはなにやら様子が違い、独特な雰囲気を放つ 葛の魅力に引き込まれました
静岡の大井川葛布で、毎年ワークショップが開催されていることも知っていましたので、それを頼りにしていたのかもしれません
薄給だった当時の私にしては大金を 2年かけて貯めて 習いに行きました

全ての時間が刺激的でした
それまで 私一人札幌で、どうにもならなくて途方に暮れていたことが 目の前で いとも簡単に為されていく様に そしてそれを惜しげもなく教えてもらえること、質問すればすぐに答えが返ってくることに 感動して 胸が熱くなりました
その根底にある 深くて大きな人々の営みと歴史、脈々と繋がれてきた技術に圧倒される思いでしたし、布は、その土地で育まれたもの、 その土地、暮らし、人々と一体化しているものだ、ということを 心底感じました
そのようなものを 私などが勝手に北海道に持ち込んで良いのだろうかと 申し訳ないような 身震いするような気持ちになったのを覚えています
その時の感覚があるので、私は、自分の織る葛の布を「葛布」と呼べるようになるまでに10年以上かかりました
今でもまだ 少し抵抗があります
しかし そのような気持ちがあってもなお 取り組むことを諦めなかった葛布
知った責任といいますか、知ったからには続け、形にしなければならない使命感のようなもの
私などでも 細々とでも取り組むことで、静岡の「葛布」に 微力ながらも多少は貢献でき恩返しできるのではないか との想いがあったから
今も続けていられるのかもしれません


葛布を北海道に持ち込んだ責任のもと、北海道における「葛布」を 仕事として成り立たせ、 次の世代にも繋いでいけるような形にし残したい というのが 私の現在の夢であり目標でもあります



(2018.8.10)

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